フィリピン作戦3|日本軍、バターン半島で苦戦す

年が明けて昭和17年を迎えた。フィリピン作戦を進める第十四軍は、陸海軍を通してこの年最初の作戦行動を起こす。目的は、マニラから撤退した米軍主力の殲滅である。

攻撃主体となるのは、中国戦線の部隊から引き抜かれた第六十五旅団・奈良部隊だ。もともと守備を任務とする集団で、その多くを応召兵-黄昏の老兵部隊-によって構成された。本任務を十四軍司令官・本間雅晴中将から与えられた旅団長・奈良晃少将は、「老兵ばかりでお役に立てるか分かりませんが、任務を与えられた以上は男子の本懐を遂げる意気込みで戦います」と、悲壮の決意を述べている。

主力だった第四十八師団は欄印作戦へと転用され、フィリピン作戦の露払い役を務めた第五飛行集団はタイに移転・進駐となった。戦力を削減され、規模も縮小となった部隊編成に、本間司令官は危惧を抱く。しかし、それでも作戦の趨勢を左右するものでない、という甘い認識が軍の大勢を占めた。

1月5日から、奈良部隊のナチブ山攻略作戦がはじまった。ナチブ山、サマット山、マリベス山の標高1500m級の連峰は、そのまま米比軍の強固な要塞と化していた。まるで天を突く巨大な剣のように猛々しくそびえている。

旅団の先陣が密林に足を踏み入れる。すると、見えない場所から百門の砲が一斉に火を噴いた。草が揺れる音にも反応してめったやたらに撃ってくる。絶叫がこだまし、濃緑のジャングル地帯は血で染め上がった。銃口の硝煙が霧のように視界を覆うほど、その攻撃は膨大かつ強力を極めた。

そもそも、バターン半島に立てこもった米軍はほとんど消耗することなくマニラからの撤退に成功していた。なおかつ兵器・弾薬・物資も豊富である。迎撃態勢が十分整っているうえ、天然の要害を味方につける計略で、日本軍は完全に彼の術中にはまったといっていい。

バターン半島に立てこもる米比軍は、6,7個師団。述べ4~5万人規模の兵力である。その陣形も手が込んでいた。各山間部に、舗装された自動車道を東西に設定。部隊を放射線状に配置している。ロジスティックと軍の展開を容易とする部隊配備である。在フィリピンの駐留軍は、開戦前からバターン半島で演習体験を積んでおり、作戦の練度は日本軍と比較にならない。地形や気象条件、風土、生物・草木の種類まで調査を徹底し、戦場を我が庭のごとく利用できたのである。

日本軍は完全に、フィリピン作戦が持つ意味の大きさと米軍の行動を見誤っていた。作戦行動の拙さも、苦しい物資状況・兵力不足も、すべてはここに起因する。バターンの地勢と要塞化作戦を過小評価し、迷走を招いたのである。第48師団・第5飛行集団の配置変更も作戦当初から決定されていた事案とはいえ、状況を無視して作戦ありきで物事を進行させる偏った思考回路は、戦勝で沸いた開戦当初からすでに内包していたのである。

軍中枢が誤った判断を下せば、そのツケは末端の兵士が背負うことになる。

熾烈を極める機銃掃射に加え、敵は15トン級のカノン砲まで備えていた。日本軍が前進を試みるほど、砲撃はすさまじくなり、倒れる仲間の数だけが増えていった。強力な火器を前にしてもひるむことなく立ち向かう姿は、前線の敵兵士たちをりつ然とさせるに十分だった。しかし、たとえ洗練された武士道精神でも、優秀な火器と質の高い攻撃の前では無力と化すしかない。

ここにきて、十四軍はようやくバターン半島攻略が容易でないことを悟る。部隊の再編制・増強を図るべく、第十六師団(木村支隊)を第65旅団の作戦区域に加えて攻撃を再開した。

旅団は歩兵第九連隊の1個大隊を前進させ、敵陣地の突破を試みる。後背を突いて背後から脅かす攻撃が功を奏し、敵は散り散りになって撤退した。勝機とばかりに軍を進めた旅団は、米比軍の押し返しに成功する。1月25日、ナチブ山をようやく抜いてバランガ西方地区まで前進を果たした。続けてサマット山陣地の攻略を目指したが、そこでも強固な築城と苛烈な砲火攻撃に苦しめられ、進軍はあっという間に頓挫した。

一方、バガック付近の敵陣地に風穴を開けた木村支隊は、マリベス山占領を目指して軍を進める。しかし、敵の防御陣地は分厚く、反撃を許して包囲されてしまう。軍はさらなる援軍・増強を図って戦局の打開を試みるも、兵力不足のため攻撃は散発的にとどまる。本丸であるマリベス山は、無慈悲に暗闇のなかで屹立していた。物資空輸も密林に妨げられ、糧食が底をつく。部隊は馬肉を食い、樹脂を吸ってこの場をしのいだ。

敵の包囲を突き破ったのは、突入から約2週間以上経過してからだった。生存者は378名。食糧が底をつき、体力が激しく消耗する中での敵中突破だった。何とか全滅は免れたものの、複数の将校が倒れる犠牲多き戦いとなった。

2月8日、軍は幕僚会議を開き、作戦の一旦中止を決定する。奈良部隊のナチブ進軍開始から1カ月が経過していた。

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