新聞報道で見る開戦前夜~12月6日の朝日新聞

軍事・外交・国際関係の記事でほとんどが埋め尽くされる開戦前の新聞報道。内外の情勢が緊迫し、戦争が迫っていた状況を如実に示しています。

マニラ米軍の活発な動きを報告する記事、または大政翼賛会議の方向性決定などを伝える社説。12月6日の朝日新聞もまた、紙面のそこかしこに国民団結を喚起するメッセージが見え隠れしていました。

一面記事でマニラ米軍の動きを伝える

この日の一面中段で、『マニラは司令塔 命令一下出動の準備 比島引き揚げ直前の本社特派員に聞く』との見出しで、現地特派員・川村記者の談話を伝えています。

川村記者の話によると、米軍の東アジアにおける根拠地・比島マニラでは大量の動員編成が行われ、準戦時体制の緊迫した情勢下にありました。米軍は極東総司令官・マッカーサー麾下10万の陸軍がフィリピンに集結し、今月末までにあと2万5千人が動員される計画を持っているとのこと。さらに、米海軍潜水艦部隊および空軍もますます増強され、日本との戦争まったなし、と言える緊迫したムードです。

マニラでにおける米陸海軍の慌ただしい動きを見れば分かる通り、アメリカは日本が奇襲攻撃を開始するとすれば、その場所は南方であると睨んでいました。真珠湾が狙われているという予測は、米軍の一部やホワイトハウス高官の間でも囁かれていたものの、はやり現実的にはマレー半島やフィリピンに攻めてくるだろうとする見方が大勢だったのです。

社説

『中央協力会議の急務』

先日開催された大政翼賛会の中央協力会議において、国家統制計画に関する種々の議題が出そろったことを、社説の中で前向きに評価しています。タイトル『中央協力会議の急務』の中の「急務」とは、すなわち急迫の度を加える対外情勢に、政官民が一体となって取り組み、国力増強に励むことだと朝日新聞は力説します。戦時体制下における国家の安定確保は、国民総動員計画の速やかな実行をおいて他にない、と強調。朝日新聞社説の根底に流れるのは、翼賛政治・国家統制政策の徹底擁護であり、手放しの賛美でした。

『東亜文化研究所の新設』

東大に、文化科学方面における初の専門研究所となる「東亜研究所」が新設されました。このニュースを受け、朝日は社説の中で、「東亜(日本を中心とする東アジア共栄圏)における文化研究が進むだけでなく、国民の文化力水準を大いに引き上げる出発点となる」と、好感をもって評しています。

朝日新聞は東亜研究所に対し、「東大の一般学生以外にも、広く学外から人材を集めて研究を進めてはどうか」と提案しています。本格的な文化科学研究の最先端施設がはじめて出来たのであるから、東大の研究所でなく日本の研究所としての地位がふさわしい、と言いたいのでしょうか。結構な考えかもしれませんが、どこか、国民総動員をかける大政翼賛政治と通底するものがあるように思われてなりません。

文化面

文化面には、正宗白鳥のエッセイが載ったり、大根の特徴が評されたり、息苦しい紙面の連続の中で、ちょっとした清涼感を与えてくれる記事が並んでいます。上段の『暮はなるべき留守にせぬこと』では、年末急増する泥棒にはくれぐれも気を付けるようにと説き、表口の防犯対策をとくに重視することが大切と言っています。

ほのぼのとした記事が並ぶ中で、ここにも軍事色の濃い記事が一点、確認されます。『52ノットの超高速 アルミ製駆逐艦』という記事です。アメリカ海軍が計画中のアルミニウム張り駆逐艦が巷でちょっとした話題になっているとか。気になる性能は、「砲設備、発射管、爆雷その他、さまざまな設備は鉄鋼製のそれとほとんど遜色ない。排水量はわずか950トン、長さ95m、最高速力52ノット。既存の駆逐艦より25%速い」と、その性能を褒めたたえています。

しかし、すべての材料をアルミニウムで作り上げるのは困難であり、非現実的である、と冷や水を浴びせる批評も忘れません。さらに、「軽量であるアルミは、とても海の圧力に耐えられるものではなく、多少の遠心力が加わるだけでも水圧に負けてバラバラになってしまうだろう。まして、高速艦である駆逐艦であれば、致命的な弱点を抱えることになる――」。要するに、アルミ製駆逐艦はハリボテだと言いたいのでしょう。もっとも、この記事は上編ですので、次回の記事でどう締めくくられているのか分かりませんが。

夕刊記事

夕刊記事最上段には、『畏し大元帥陛下 陸大卒業式に親臨 大本営陸軍部にも行幸』という記事が大きく出ています。昭和天皇が青山にあった陸軍大学校卒業式に親臨し、その後、三宅坂の大本営陸軍部にも行幸したという内容です。この記事の最後に、陸大卒業生のうち、特に優秀な成績を収めた上位6名の恩寵組の名前が紹介されているのですが、その中に井田正孝陸軍中佐の名前が見られます。

井田中佐は8月15日の終戦の日、戦争継続を唱える陸軍強硬派によるクーデター未遂事件――いわゆる宮城事件の首謀者のひとりです。軍刀を下賜した陸軍の優等生が、まさかあのような事件を起こすことになるとは、このとき陛下は夢にも思わなかったことでしょう。

下段には、米軍が欧州大陸に向け、一千万の大兵力を動員する計画を持っている、と暴露したシカゴ・トリビューン紙の報道を紹介する記事が掲載されています。『一千万の大兵動員 大陸へ五百万派遣 米紙報道』という物騒な見出しではじまっていますが、実際に派遣が確定しているわけではありません。

1943年1月までに、欧州で暴れるドイツ打倒を目的に、大量の米陸海軍を派遣するという動員計画は、米ルーズベルト大統領がこの年の7月に陸軍長官・スチムソンに宛てた手紙に対する、大統領宛ての長官書簡に書かれた内容を米紙がすっぱ抜き、白日の下にさらされたのでした。要するに、正式に裁可された軍備計画でなく、“相談内容”に過ぎないわけですが、陸軍トップと大統領とのやり取りであるだけに、米国の思惑を裏書きするものと捉えられてもおかしくないでしょう。

記事によると、米政府は事態を深刻に受け止め、情報流出の出どころを調査すると発表したそうです。この軍事機密が暴露された背景には何があったのか? 記者の純粋な取材の賜物か、陸軍内のリークか、それとも政府が国民の反応を見るために打ち上げたバルーンか――。いずれにせよ、アメリカはこの後欧州大戦に参戦、ヒトラーのドイツ軍を打ち破る原動力となったことは、歴史が明らかにするところです。

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