新聞報道で見る開戦前夜~12月5日の朝日新聞

真珠湾攻撃三日前の12月5日。新聞は相も変わらず日米交渉の進展具合を伝え、国際情勢の動きに敏感に反応し、戦時体制強化の必要性を強調する記事を乱発していました。

当時の新聞の読者は、紙面を圧するように連なる軍事・外交関連の記事に、異様な気配を感じ取っていたことでしょう。中には、戦争が近い、と予測する者もいたかもしれません。

一面トップでイギリスの動きを伝える

『日米会談の裏面に 英対日戦備を急ぐ 米と連絡、タイ侵略の構え』

12月5日朝日新聞の一面トップ記事は、ロンドンタイムズの記事を引用するかたちで、イギリスが近々日本に対し、軍事行動を起こすかもしれないとするイギリス側の思惑を、憶測を交えて紹介しています。

日米交渉は事実上、決裂状態で、いつ太平洋で開戦の火蓋が切られてもおかしくない情勢でした。日米開戦となれば、開戦劈頭、日本は南部仏印に進駐させた陸軍を南下させ、石油資源地帯の確保を狙うものと見られていました。そして、その勢いでマレー半島やビルマへ侵攻するのは間違いなく、東南アジアを支配するイギリスとしては到底、この事態を見過ごすわけにはいきません。

イギリスはマレー半島やビルマ、インドでの権益を守るために、米国が行動を起こす前に対日戦を始める可能性がある、とロンドンの各紙が報じているとしていますが、なかなか尻を上げようとしない(イギリスから見れば)米国の本気度を試す狙いがあったのかもしれません。

『国民力高揚に重点』中央協力会議題決定

一面上段の記事では、大政翼賛会の第2回中央協力会議が開催され、今後の国防方針の基礎となる議題項目が決定されたことを伝えています。この会議を通して、戦時における食糧計画の策定や、大東亜新秩序建設に向けた国民運動方針について話し合うことで、議会が一応のまとまりを見せたようです。

「国家総動員法」が制定されてはや3年。このときすでに国民統制の政策基盤はできつつあったと言えるでしょう。

その日の社説は……

『ハル長官の言明』

社説『ハル長官の言明』では、日米交渉のアメリカ側担当・ハル国務長官が新聞記者を集めた会見で、野村・来栖両大使と開いた会談内容を暴露した挙句、日本側の交渉態度と東アジアにおける伸長政策を痛烈に批判したことを取り上げ、「まったくタメにする議論だ」と痛烈に批判しています。

朝日新聞は社説の中で、「日本が太平洋の平和と秩序の安定化を目指し、米国との懸案事項に真摯に向き合い、解決に向けてひたむきに努力しているところへ、交渉の当事者である本人がそのように水を差す言動をとってどうするのだ」と、ハル国務長官の姿勢に強い不信感と憤りの念を表明した“檄文”です。

このときすでに、日本政府も大本営も、平和的解決の道を放棄して米国に対してファイティングポーズを取り、まさに拳を突き出す寸前だったのです。それだけに、朝日新聞が社説の中で訴える言葉は、無性なむなしさをもって響いてきます。

『総選挙への期待』

社説『総選挙への期待』は、翌年の4月29日に任期満了を迎える衆議院の解散総選挙の是非と、選挙で有力な人材が生まれることへの期待感を述べています。本来、衆議院は昭和16年の4月29日に総選挙が行われる予定でしたが、支那事変と欧州大戦の進捗を見据え、政治的な空白が生まれることを避けるために、衆議院の任期延長措置が取られたのでした。

衆議院の国会議員たちが長期任期にあぐらをかいている間、内外の情勢は急激に変転を見せ、内閣は幾たびも瓦解・組閣を繰り返してきました。そこで朝日新聞は、「議会ばかりが大事に備えるという大義名分を掲げ、安穏としていられる法はない。大政翼賛政治体制の強化のためにも、この機会に国会議員の刷新をはかり、戦時議会体制の確立を急ぐべきである」と主張しています。

大政翼賛会の存在こそ、議会制民主主義を否定するものであり、その根幹を危うくする脅威であったことに、朝日新聞をはじめとする当時の言論機関、文化人、学者たちは知るすべを持ちませんでした。

文化面の記事では……

文化面の上段右には、三谷十糸子という人が書いたエッセイ『南京の旅から』が掲載されています。南京の街を旅する三谷女史の目線で、当時の南京街の風景や、市民の生活の様子を柔らかいタッチでつづった紀行文。激しい戦闘が行われた後の南京の様子が垣間見られる、貴重な資料と言えるでしょう。

「支那人たちは、枯れ枝を集めて山から降りてくると、巡査の検問を受け、コンミッション(手数料)を取られている。支那人たちの貧しさの何と嘆かわしいことよ」「南京の街を歩いていると、どの家も、洗濯物の水と厠を洗った水を道に流している。よく伝染病にならないものだと思うが、大昔から不衛生の環境で生きていたら耐性も身に付くのだろう」などとつづり、現地の特殊な習慣に驚きつつ、そのたくましさに畏敬を持つような心情もうかがわせます。

『明るさが増す 節電笠』は、ちょっとした工夫で電気の節約ができて、なおかつ明るさが増すという、一石二鳥の節電術を紹介する記事。簡単な模造紙を作って電球の笠に張り付けるだけで、大きな節電効果を生み出せるテクニックを、ぜひとも家庭で試してほしいと勧めています。

いかにも文化面らしい、生活術を紹介するほのぼのとした記事ですが、実は電球の節電は国の方針で決められた統制計画の一環だったのです。新聞も、さまざまな生活上の知恵やアイディアを提供することで、エネルギー資源の節約を後押ししていたのでした。

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