【コラム】「君子」「子供ガ生マレル」……。日米交渉で用いられた隠語とは?

日米関係の悪化が色濃くなるにつれ、戦争は到底避けられない情勢となりました。そこで外務省は、到達まで時間を要する電報連絡を避け、電話による情報交換によって緊急時でも対応できる体制整備に着手します。その際、本省と在米大使館におけるやり取りは、次の隠語を使うよう指示を出しました。

  • 三国条約問題:ニューヨーク
  • 無差別待遇問題:シカゴ
  • 中国問題:サンフランシスコ
  • 駐兵問題ニ関スル米側態度:マリ子サン
  • ハル四原則:七福神ノ懸物
  • 総理:伊藤君
  • 外務大臣:伊達君
  • 陸軍:徳川君
  • 海軍:前田君
  • 日米交渉:縁談
  • 大統領:君子サン
  • 国務長官:梅子サン
  • 国内情勢:商売
  • 譲歩セズ:山ヲ売ラズ
  • 形勢逆転スル:子供ガ生マレル

ここで気になるのが、実際の言葉と隠語の関係性。推測の域を出ませんが、おそらく「総理=伊藤君」は、初代内閣総理大臣伊藤博文から取ったものと思われます。外務大臣が伊達君であるのは、明治初の外務大臣が幕末四賢候のひとり・伊達宗城であることに由来するのかもしれません。

「陸軍=徳川」で思い浮かぶのは、陸軍中将・徳川好敏でしょうか。徳川将軍家御三卿のひとつ・清水徳川家の血筋を持つ徳川好敏は、日本で初めて動力航空機の飛行に成功、「日本飛行機の父」とも呼ばれる人物です。

また、加賀藩前田家はペリーの黒船来航以前から海防に目覚めた雄藩で、海戦・造船・砲術に秀でた人材育成を目的とする「荘猶館」を設立したことで知られます。戊辰戦争では多くの船を供給して新政府軍の物資輸送を助け、その勝利に貢献しました。日露戦争で活躍した瓜生外吉海軍大将など、有能な人材も多数輩出しています。

唯一、由来がはっきりしているのが、「駐兵問題ニ関スル米側態度」の隠語「マリ子」です。当時在米大使館の一等書記官で、寺崎アメリカ局長の弟である寺崎英成氏の長女の氏名が、その由来です。マリコ・テラサキ・ミラー氏は、日本人の父とアメリカ人の母を持つ混血児として生まれました。日米の血を分けた少女の名に、外務省は交渉成立の願いを込めたのかもしれませんね。

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